国連大学メディアスタジオ

JFUNUニュースレター2008年11月号より

クリエイティブ集団の新たなる試み

9月26日(※2008年)午後5時より、「Our World 2.0 - Peace & Creativity Salon」と題するイベントが開催され、200人を超える人たちが国連大学(UNU)屋外広場に集まりました。

イベントでは最初に、ドキュメンタリーフィルム『英知への歳月』を上映。このフィルムは日本の高齢社会に焦点を当て、研究者や医師へのインタビューを通じ、高齢者が長く健康を保ち、精神的にも豊かに暮らすための科学的知見を追究。同時に100歳を越えた今も、商店主として充実した毎日を送る山崎まつさんや103歳の現役西陣織職人など、老年時代を元気に過ごす高齢者の事例を紹介し、来場者に大きな感銘を与えていました。山崎まつさん本人もこの日会場に姿を見せ、司会者から紹介されると多くの人から歓迎される一幕も。

続いて行われた「国際平和デー」を記念した映画『Soldiers of Peace(平和の戦士たち)』のワールドプレミア上映では、上映終了後、オーストラリアにいるティム・ワイズ監督と国連大学本部をインターネット回線で結び、ワイズ監督が国連大学からの問いかけや質問に応じました。その他、世界各地の10人の男女にビデオカメラが密着し、その生活を浮き彫りにするというユニークな『Global Lives Project』の上映や、ピースボートメンバーによるダンスパフォーマンス、さらに来場者同士の懇談と交流が午後10時過ぎまで続き、会場は大きな盛り上がりに包まれました。

これらのイベントを企画したのが、国連大学メディアスタジオ(以下「メディアスタジオ」)。メディアスタジオは、2003年の開設以来、主に開発途上国の人材育成のためのオンライン教材や、環境問題、平和と紛争をテーマにしたドキュメンタリーフィルムを数多く手がけ、brendan barret『英知への歳月』でもプロデューサーを務めました。UNU本部ビル左側、ガラス張りのオフィスを拠点として、優れた教育関連のコンテンツを世界に発信するメディアスタジオのスタッフは総勢8人。クリエイティブ集団を率いる所長のブレンダン・バレットさんに、これまでの活動と「新たなプロジェクト」についてうかがいました。

― メディアスタジオでは、これまでいろいろなオンライン教材やドキュメンタリーフィルムを製作してきましたが、その中でも『アユキラ川を救え (Saving the Ayuquila River)』 は各方面で高い評価を受けていますね。

バレット:「これは一般から大学院生まで幅広い層の人たちが、オンライン上で環境問題や実践的な政策論を学習できるよう作られたeケーススタディです。

アユキラ川はメキシコ西部を流れる川で、アユキラ川を救え古くから地元の人々に豊かな恵みを与えていましたが、1972年に川の上流にサトウキビの精糖工場が建設されたことによって、水質汚染、環境破壊などの問題が発生し、下流地域の住民に深刻な影響を及ぼすこととなりました。工場関係者、地元住民の間で複雑な対立が長年続いていましたが、最終的に研究者の科学的な努力や地元政府の政策措置、市民との協力体制によって解決へと導かれます。『アユキラ川を救え』では、1)関係者へのインタビューを交えたドキュメンタリーフィルム、2)現地の状況変化を、時間的・地理的な観点から理解できるよう作成された地図、さらに3)関連する論文・文献資料を組み合わせて構成し、問題発生の背景から解決に至るまでのプロセスを段階的に学べるようになっています。

2005年にスタッフのひとりが、メキシコ・グアダラハラ大学で行われた水質保全のトレーニング・プログラムに参加した際、このアユキラ川において発生した一連の紛争を知ったことがきっかけでしたが、製作にあたっては、メディアスタジオとグアダラハラ大学が中心となったほか、現地メキシコのNGOや科学者、政府関係者の大きな協力を得ました。」

― 続いて公開された『チチナウツィンの声(Voices of the Chichinautzin)』も、国際的な賞を受賞しました。

バレット「『チチナウツィンの声』もやはりメキシコを舞台として、開発による自然環境の破壊とそれを懸命に守ろうとする地元住民の姿を追い続けたドキュメンタリーフィルムです。今年の5月、メキシコで開催された第2回ラテンアメリカフィルムフェスティバルにおいて、「科学・エコロジードキュメンタリー部門」の最優秀賞を受賞し、続いて9月には、アメリカ・コロラド州ボルダーで開催されたムーンダンス国際映画祭(通称『アメリカのカンヌ映画祭』)で、「優秀ドキュメンタリー賞」を受賞しました。」

 

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元気な高齢者に焦点 『英知への歳月』

― メディアスタジオの教材や作品は、現代世界に生起する深刻な課題をテーマにしながら、常に「問題解決の可能性」を追求しようとする姿勢が感じられます。『英知への歳月(The Wisdom Years)』(WHO神戸センターと共同製作)でも、日本の高齢社会の「光の部分」を取り上げていますね。

バレット「今、先進国の多くが高齢社会に突入しています。中でも日本は著しいスピードで高齢化が進行し、世界中からその取り組みや対応が注目されています。『英知への歳月』は、英知への歳月日本の高齢社会を調査しながら、単に高齢化に伴う問題を指摘するだけではなく、都市部に住む高齢者がどのようにそれらを乗り越え、人生を楽しんでいるのか、さまざまなケースを紹介した作品です。

WHO(世界保健機関)は、「人が生まれ、生活し、育ち、働き、老いる過程での社会環境が健康に重要である」と発表しています(Social determinants of Health)。そして"Healthy Urbanization Site"として、健康増進の施策に積極的に取り組む世界の6つの都市を挙げていますが、日本の神戸市はそのひとつです。『英知への歳月』では、高齢者の豊富な経験を生かし、さらなる生きがいづくりを推進している例として、神戸のシルバーカレッジなどを取材し、生涯学習やスポーツに意欲的に取り組む高齢者の姿を、そのメンタル面もあわせてクローズアップしています。他にもお手本となるような生き方をしている高齢者が登場しています。保健や社会福祉に携わる政策関係者や学生、研究者をはじめ、この問題に直面している多くの方々に見てもらいたいですね。」

 

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日本社会に身近な問題を考察する

― そしてメディアスタジオが、ウェブマガジンという新しいスタイルで立ち上げたのが『Our World 2.0』ですね。

バレット:「メディアスタジオでは、これまで主に開発途上国の人々を対象として、環境と開発、紛争解決等の問題を扱ったオンライン教材やドキュメンタリー作品を製作してきました。Our World 2.0それは、国連のシンクタンクであるUNU のメンバーとして当然のミッションですが、一方で国連大学が30年来、日本に本部を置きながら、その活動内容が日本の人々にあまり浸透していないという側面も感じていました。そこでUNU の研究内容や活動を知ってもらうというねらいを持ちつつ、日本の人々や社会にも影響が大きいグローバルイシューに焦点を当て、そうした問題を日本の人々と一緒に考えていく機会を作ろうと考えました。『英知への歳月』の製作もその一環ですが、ただオンライン教材や本格的なドキュメンタリーは、製作を開始してから完成までおよそ1年から2年かかり、その間一般に公開することができません。

最新の話題や課題を、機動的かつスピーディーに提示・探究するコンテンツツールとして何がよいのか。昨年からスタッフの間でブレインストーミングを続けてきましたが、このほどウェブマガジンとビデオドキュメンタリーを組み合わせた『Our World 2.0』というサイトを新たに立ち上げました。

ここでは、「気候」「石油」「食糧」の3 つの問題をテーマにしています。日本は食糧自給率が40%程度、原油にいたってはほぼ100%を輸入に頼っているという国です。「気候変動」も含めて、これらの問題が引き起こす事態に、日本の人々が大きな影響を受けることは、最近の事例やニュースからも明らかです。『Our World 2.0』の「2.0」には、「新しいバージョン」「先進的」というコンセプトが表現されています。すなわち従来のように、知識や情報を一方的に伝えるのではなく、『Our World 2.0』では多くの人々の間で意見が交換され、アイデアが共有されながら展開し、新たな広がりや価値を増大させていくことを目指しています。研究者や専門家だけでなく、一般の多くの人々にもこのサイトを訪れてもらい、よりよい「私たちの世界」を構築・設計していけたらと思っています。」

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