国連大学ESDプログラム
JFUNUニュースレター2007年11月号より
人々の暮らしをより豊かなものとするために、とりわけ発展途上国において貧困を撲滅するためには、都市開発や地域開発を進め、経済的な成長を達成することが重要となります。しかしながら自然環境との調和を欠いた開発は、未来の世代に深刻な影響を与えることにも。
国連大学(UNU)が展開する研究プログラムのひとつ、「環境と持続可能な開発プログラム」(Environmentand Sustainable Development Programme:ESD)では、人間の活動が自然環境や天然資源に及ぼす影響について多角的に研究を進めながら、人と自然の共生を実現する よりよい開発のあり方を提言しています。
環境と持続可能な開発プログラム
UN ハウスの11 階フロア。ここには、UNU のESD プログラムの研究スタッフが集まっています。スタッフたちは、世界中の国際機関や研究機関とパートナーシップを組み、調査研究や政策分析を行いながら地球環境問題と取り組んでいます。
ESD プログラムでは、さまざまなテーマを設定しながら各種プロジェクトを展開していますが、そうしたプロジェクトの中心となっているのが、プログラムオフィサー(学術審議官)です。
スリカンタ・ヘーラトさんは、地元スリランカの大学を卒業後、政府系機関に3 年間勤務。そのとき配水システムの管理を経験したことが、本格的に土木工学や水文学(すいもんがく)を研究する契機となりました。
タイの大学院で学んだ後、1984 年に来日し、東京大学で学位を取得。いったん帰国してから1988 年に再来日し、日本の企業で建設コンサルティング業務に従事した後、東京大学助教授、同大外国人客員教授などを経て、現在、ESD プログラムのプログラムオフィサーとして、特に「水の問題」に関わるプロジェクトを進めています。
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スリカンタ・ヘーラト「水文学」は、比較的伝統的な学問で、地球上の水循環を対象とする地球科学の一分野です。陸地における水の循環過程や、地域的な水のあり方・分布・移動・水収支等に主眼を置いて研究します。
アジアの各地域では、急速な経済成長と都市化の進展、それに伴う人口増加によって著しい社会変動が生じています。地域開発の進展は、そこに居住する人々に快適な生活をもたらす一方で、思いもよらない災害リスクを増大させることにもなっています。
集中豪雨が発生したときに引き起こされる洪水も、そうしたリスクのひとつです。特に都市地域では、地下利用によって 弱体化した地盤や人為的な排水機能の限界が、被害を拡大させています。近年の気候変動によって、従来の降水量や降水パターンに変化が生じていることも、問題をよりいっそう複雑にしています。
科学的知見により災害リスクの軽減を
洪水被害を完全に防止することは難しいことですが、災害リスクを特定、評価、観測し、早期に警告を与えることによって被害を最小限に食い止めることが可能です。UNU のESD プログラムでは、2003 年に主導した会議での議論の結果、アジアの諸都市でもし予想以上の 洪水があった場合、相当危険な事態が発生することになるとの認識を得ました。その危惧は2004 年に起こったスマトラ沖地震に伴う津波被害や、(アジア地域ではありませんが)2005 年のカトリーナ台風による水害において、不幸にも的中しました。われわれはその後、日本、タイ、ベトナムを主な研究フィールドとして観測データや研究情報を収集し、2006 年に洪水の被害予測システムならびに災害防止モデルを構築しました。
そしてアジア各地域の研究者や政府機関の関係者等を対象として、そのシステムを利用するためのトレーニングプログラムを今年から実施しています。今後、トレーニング対象を順次広げていき、アジア全域でシステムを使用して、洪水災害への対応に活かしてもらおうと考えています。
また洪水とともに、集中豪雨が原因として起こる恐ろしい被害として、地滑り災害があります。地滑り災害は、排水路の整備や土地の活用方法の改善によって、ある程度緩和することは可能ですが、急激な集中豪雨が発生した場合には、地質的に脆弱でない地域であっても、甚大な被害を人々にもたらします。
こうした地滑り被害を最小限に食い止めるためにも、やはり洪水被害の緩和と同様に、降雨量とそれによって生じる被害予測を適切に行い、当該地域に住む人々への警告を速やかに発することが効果的な方法のひとつです。そのためには、水文学、地質学、気候学などによる学際的研究が必要となりますが、ESD プログラムでは、各国の研究機関と協力して、リアルタイムの降雨予測をウェブ上のデータベースで参照できるシステムの開発を進めているところです。開発途上国では、雨量の測定さえもなされていない地域が多いのですが、こうしたシステムを活用することによって、効果的な被害防止策が可能となるよう目指しています。
幅広い人々に役立つ知識を発信する
持続可能な水の循環や水域マネジメントの問題も、ESD プログラムが取り組む課題のひとつです。東南アジアの大河の一つであるメコン川は、流域の開発や事業計画の進展に伴って、人口一人当りの水消費量が増加していく中、限りある水資源が過剰消費され、地盤沈下や水質汚染が引き起こされています。いくつもの国の国境を越えるこのメコンの豊かな自然の恵みをよりよく活用するために、この地に政府や関係機関を交えた管理機構を設置しようという試みがなされていますが、上流と下流域の国家間で、メコン川の水資源活用のための正式な管理体制は整っていませんでした。
そこで、ESD プロジェクトでは、流域国家間の情報交換と対話を促進することを目的として、研究ネットワークの枠組みを作り、専門家や研究者たちを集めてメコン川に関する知識や情報の交換を行い、共通のビジョンを構築することを推進しています。
このメコン川流域研究ネットワーク(MekongNet)は、国際的ネットワークを通じて、メコン流域の共同開発や水資源管理に役立つ科学的知識を提供し、また流域に関わる政策決定に役立つ知識や方策を提言しています。周辺地域の貧困を軽減し、環境保全を強固にするための持続可能な水資源開発に関わる提言も行っています。
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こうしたプロジェクトは、対象地域ごとにそれぞれ異なる国際機関や研究機関をパートナーと協力したうえで進められています。2004 年に起きたスマトラ沖地震とそれによるインド洋津波災害の後、2005年1月に神戸で国連防災世界会議が開催されました。この中で、洪水被害の防止・軽減のための国際機関横断的な取り組み「国際洪水イニシアティブ(IFI: International Flood Initiative)」の立ち上げが正式に宣言されましたが、UNU はそれまでの洪水と地滑り、そのリスク軽減に関連する研究成果を元に、こうした新たな国際イニシアティブの策定や推進に大きく貢献しました。
さらにUNU では、各地域でシンポジウムやセミナーを開催し、研究成果の発表や各種提言を各国の研究者や政府の政策担当者等に向けて行っています。同時に、知識層や有識者だけでなく、特に開発の遅れた地域の人々に、情報提供やアドバイスを広げています。例えばアジアのある農作地帯では、集中豪雨がひとたび起これば、深刻な洪水の危険が明らかであり、そうした被害を未然に防ぐための排水パイプの設置をコミュニティベースで勧告したりしています。
自然環境や特性が異なれば、それに応じた提言のやり方や説明が必要とされてくるわけです。今後も地域の特性を考慮しながら、プロジェクトを進めていきたいと考えています。